特集
2009年2月20日号
仕事に命をかけて Vol.12

航海の安全から海上犯罪の
解明までを支える組織

 文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットを当て、仕事への情熱を探るシリーズ。

 今回は、立川市泉町の海上保安庁総務部海上保安試験研究センター・化学分析課に勤務する、大友直子さん。海に流れ出る工場排水などに、どの物質がどのくらい含まれているかなどを分析・鑑定し、海の治安維持に貢献している、環境分野における分析のエキスパートの活躍をご紹介したい。

(取材/袴田 宜伸)

航海の安全から海上犯罪の
解明までを支える組織

海上保安試験研究センター

海上保安試験研究センターの外観。36名の職員が勤務している

 近代文明の幕が開いた明治元年?140年もの間、時代のニーズに応じて組織を強化してきた海上保安試験研究センターの歴史がスタートした。

 当時は(とうみょうだいかかり)として灯台用の機器を製造。開国によって往来が増えた外国の船舶が安全に運行できるようにと、全国各地に灯台が多数設置されるようになったためで、1948年に海上保安庁が創設されると、灯台局工務課工場として傘下に加わった。

 1957年には経理補給部工場に改編。船艇の部品製作なども行うようになり、そして1972年、時は高度成長期?好景気にある一方で公害が多発。

 海に有害物質が違法に流されたり、産業廃棄物が不法投棄されたりするケースも増加し、社会問題となった。

 そこでそうした犯罪を抑止し、海の治安回復の一助となるべく、汚染物質の分析・鑑定などを行う化学分析課が創設。名称も現在の海上保安試験研究センターと改められた。

 明治からずっと横浜市に居を構えていたが、みなとみらい地区の開発に伴って1990年、立川広域防災基地内へ移転。

 その後、船舶の衝突事件における塗膜の分析や薬物・大麻の鑑定などを行う、科学捜査研究課を1998年に設置。さらに2006年には航行援助技術課、装備機材課に加え、IT時代に対応するべく、画像や音響の解析などを行う電子情報分析課が設置され、現在の体制になった。

鑑定結果が事件捜査の進行
にも関わるので責任は重い

工場排水の採取風景

現場の海上保安官による、海に流れ出る工場排水の採取

 海上保安学校(京都府舞鶴市)を卒業後、大友さんは主に船舶を運航する航海科に所属。災害対応型の巡視船「いず」の乗組員として海難現場に向かったり、新潟中越地震では災害派遣として現地に水を運んだりした。

 「元々、海洋調査や保全の仕事を希望していました。『愛します! 守ります! 日本の海』が海上保安庁のキャッチコピーなのですが、そういう組織の一員として働けることは嬉しかったですし、現場で得た経験は今でも活きています

 念願がかなったのは2007年10月。化学分析課に配属され、現在は、工場排水や海洋投棄された廃棄物の分析・鑑定をしている。

 「現場の保安官が採水した中に、どの物質がどのくらい含まれているかを調べることが多いですが、正体不明な物質の特定を依頼されることもあります」

 分析には長ければ1カ月かかることもあり、昨年1年間の依頼数は環境分野に関するもので約190件(センター全体では約290件)にもおよぶが、大変なのはそればかりではない。

 「自分の鑑定結果などが時に、事件の進行や被疑者の今後に関わることがありますので、責任が重い。鑑定書を書くにしても、細部に気をつかいます」

現場で採取された試料

現場で採取された試料

 研究室には、さまざまな機器が置かれ、それらを使って分析・鑑定がなされている。

 必然、機械と向き合うことが多いが、機械が出した数字が正しいかどうかを最終的に見きわめるのは、人の目。

 「自分で大丈夫だと思っていても、人間なので間違いは起こり得ます。ですから、必ず上司と2人の目でチェックしています」

大きな山を少しずつ
崩しているようなもの

高周波プラズマ発光分析装置を使った分析

高周波プラズマ発光分析装置を使った分析。工場排水などに含まれる、銅や鉛といった有害な成分を調べる

 「昔から海が好きでした」という大友さんは、学生時代に水環境の保全を目的としたボランティアに参加。水質調査などをしている内に魅力を感じ、「きれいな海を守る仕事がしたい」と海上保安庁の門をくぐった

 その思いは今も変わらず、仕事のやりがいにもなっている。

 「自分の分析や鑑定などによって取締まりなどが進んで、ひいては海がきれいになっていると思うと、嬉しく思います」

 一人前の分析官になるには、最低でも5、6年は要するという。

 大友さんはまだ2年目。身につけなければならないこと、知りたいことは、山ほどある。

 「大きな山を少しずつ崩しているようなものです。でも、大変だとは思っていません。全てが今後の仕事に役立つことですし、自分のためになること。何より自分が好きでやっていることですから」

 毎日が勉強?そう口にした大友さんは、これからも多くを学びながら、環境分野における分析のエキスパートとして大好きな海を守り続けていく。


[プロフィール参照]

 

<プロフィール>

1981年、宮城県生まれ。東北工業大学を卒業後、海上保安学校(船舶運航システム課程)に入学。卒業後、横浜海上保安部巡視船いず航海科に所属。約3年間勤務した後、2007年10月から化学分析課職員として現職に就く